「幻となった日本初のノーベル賞受賞者」の都市伝説

幻のノーベル賞

日本初のノーベル賞受賞者は1949年に受賞した湯川秀樹であるというのは有名な話だが、実はそのはるか前にノーベル賞を受賞するはずだった日本人がいたという都市伝説。

日本初のノーベル賞を受賞するはずだったのは明治末期の医師、鈴木梅太郎という人物である。彼は当時、不治の病とみなされていた「脚気」の治療方法を見つけ出し。さらには今となっては一般的になったビタミンの存在とそれによる健康効果を発見したのである。当時、原因不明の伝染病として扱われていた、脚気を鈴木梅太郎はビタミンB1の不足による栄養失調と結論づけ、何百万人もの命を救ったのだ。

鈴木梅太郎の功績は世界中に知れ渡り、当然ノーベル賞を受賞するはずだと思われたが、残念ながら彼はノーベル賞を受賞することなくこの世を去ってしまった。なぜ、鈴木梅太郎はノーベル賞の受賞を逃したのか・・・?

実は医学にはイギリス式医学とドイツ式医学がある。日本は”カルテ”などのドイツ語用語が残っていることからもわかるとおりドイツ式医学に基づいているのだが、当時のドイツ医学会の見解では「脚気は伝染病」つまり、鈴木梅太郎が、学会の意見を無視してイギリス式医学に傾倒して「脚気は栄養失調の症状」ということを解き明かしてしまったことでドイツ医学会は鈴木梅太郎を裏切り者とみなして裏から手を回し、ノーベル賞を受賞できないようにしてしまったのだ。

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