藤子・F・不二夫は自分の死期を悟っていた?|やりすぎコージー都市伝説

ドラえもん都市伝説

ドラえもんのまつわる都市伝説。2013年秋のやりすぎ都市伝説で紹介された内容を都市伝説JAPANで紹介。

ドラえもんの作者、藤子不二雄はハードワーカーであった事で知られている。寝る時間と食事をする時間以外は常に仕事の事を考えており、亡くなった時もえんぴつを握った状態で机の上で息絶えていたという。しかし、藤子不二雄は家族に対しての配慮も欠かさなかったそうだ。

どんなに忙しくても、かならず日曜日は休みを取り、家族と過す。このルールは藤子不二雄の中で確固たるものであり決して破られる事はなかった。日曜日の朝は家族と食事をともにし、1日家族と過す。クリスマスなどのイベントの時には藤子不二雄の書き下ろしのポストカードでクリスマスプレゼントのリクエストを募ったという。

これほど家族を愛していた藤子不二雄であったが、作品の中には私情を決して入れなかったそうだ。家族との思い出にまつわるものや家族を連想させる内容は自身の漫画には入っていない。1作を除いては。

その1作とは「のび太のねじ巻き都市冒険記」という作品である。この作品にはねじ巻きで動くおもちゃたちが登場するのだが、その中に藤子不二雄が娘にプレゼントしたパンダのおもちゃが出てきている。そして、作中でのび太と行動をともにするパカポコというおもちゃは娘から藤子不二雄に送られたプレゼントのおもちゃなんだそうだ。

なぜこの作品だけルールを破ったのか?実はこの作品は藤子不二雄の遺作となった。「のび太のねじ巻き都市冒険記」を書いている途中で藤子不二雄は亡くなったのである。もしかすると彼は自分の死期を悟っていたのかもしれない。>「やりすぎ都市伝説2013秋」で紹介された都市伝説

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