やりすぎ都市伝説で語られた、瀧廉太郎(滝廉太郎)のうわさ「憾(うらみ)」|歌詞つき

瀧廉太郎

瀧廉太郎は日本を代表する作曲家のひとりである。瀧廉太郎は「荒城の月」などを作曲した事で有名であるが、実は社会に広く知られている曲も作曲していた。それは「ゆきやこんこん」という歌詞の「雪」と「ぽっぽっぽーはとぽっぽー」という歌詞で知られる「鳩」である。

しかし、この2曲の童謡の背景には血塗られた都市伝説が存在している。

まずは、瀧廉太郎が作った鳩ぽっぽ。

「鳩ぽっぽ」

鳩ぽっぽ 鳩ぽっぽ
ポッポポッポと 飛んで来い
お寺の屋根から 下りて来い
豆をやるから みな食べよ
食べても直に 帰らずに
ポッポポッポと 鳴いて遊べ

少し違和感を感じた人はいないだろうか。実は今広く一般に知られている童謡とは少し歌詞が違い、曲も似ているようで少し違うのである。

現代で歌われている鳩ぽっぽは下記である(歌詞は実は鳩ぽっぽでなく「鳩」である!)

「鳩」
ぽっぽっぽ   鳩ぽっぽ
豆がほしいか  そらやるぞ
みんなで仲良く食べに来い
ぽっぽっぽ   鳩ぽっぽ
豆はうまいか  食べたなら
一度にそろって飛んで行け

音楽の教科書に載っているこの「鳩」。作者は不明となっている。次はゆきやこんこんである。まずは、瀧廉太郎が作ったもの。

「雪やこんゝゝ」

雪やこんこん、あられやこんこん
もっとふれふれ、とけずにつもれ
つもった雪で、だるまや燈籠(とうろう)
こしらへましょー、お姉様

こちらも今知られているのとほとんど変わらないが多少違う。現代で知られているのは下記である。

「雪」
雪やこんこ あられやこんこ
降っては降ってはずんずん積もる
山も野原も 綿帽子かぶり
枯れ木残らず 花が咲く

しっくりきたのではないだろうか。「雪」も作者不明とされている。

瀧廉太郎がこれらの童謡を作ったのは1901年。今、現代で知られている2曲が発表されたのは1911年とされている。瀧廉太郎が作ってから10年後になぜ作り替えられ、作者不明として発表されたのだろうか。

実は、当時の日本政府は子供たちに童謡を広めようと躍起になっていた。しかし、当時の政府が作る童謡は堅苦しい童謡ばかりであった。

例えばこちら。

「心は猛く」

こゝろはたけく。 きはつよく。
うたがひなくて。 よくまなべ。
であへることに。 うごかぬ人を。
まずらをとしも。 いふぞかし。
ちからもつよく。 いさましく。
おくれずすゝめ。 こどもらよ。
であへる敵に。  おそれぬひとを。
ものゝふとしも。 いふぞかし。

こころはたけく・・・。スゴい軍歌っぽい。

こんな曲が子供たちに受けるはずもなく、政府の思惑は全然うまくいかなかったのである。そんなとき、子供たちが口ずさんでいたのが瀧廉太郎の作った、鳩ぽっぽや雪やこんこんであった。それを見ていた政府の要人たちはおもしろくなかったと思う。

そして、瀧廉太郎が子供たちの間で大ブレイクしているとき、政府は瀧廉太郎をドイツへ留学させる。名目上は優秀な音楽家を国費で留学させ、才能を伸ばすという名目であったが、瀧廉太郎はドイツで当時は不治の病とされていた結核にかかり帰国せざるを得なくなる。

帰国後ほどなくして、瀧廉太郎は亡くなってしまう。そして。

結核菌が付着している可能性があるとして瀧廉太郎の持っていた楽曲はすべて焼かれてしまったのだという。

瀧の亡き後、政府が子供向けに発表した曲が「鳩」と「雪」であった。つまり瀧廉太郎は政府の面目を保つために暗殺された可能性があるのという事である。

やりすぎ都市伝説でも紹介されたこの都市伝説。極めつけは瀧廉太郎が留学先で作曲したある1曲である。その名も「憾(うらみ)」この曲は今までの瀧廉太郎からは想像も付かないほど悲しみに満ちあふれているメロディーである。瀧廉太郎はこの曲でなんらかのメッセージを伝えたかったのだろうか。すべては都市伝説の闇に包まれわからないままである。

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